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「うまくいかないこと」の大切さ~自由度の凍結と解放~

ミズグチメソッドをご利用いただいている皆さんは、目的を達成したい、悩みを解決したいと熱く、強い、思いをもってお越しになります。


彼らの中心にあるのは「うまくいっていない」ことを、「うまくいく」ようにしたい。というシンプルな思いです。



人は・・・




① 新生児の時に、脇を抱えて直立姿勢をとらせると左右交互に足を踏み出す運動が見られます、これを原始歩行といいます。

生来、「人」という仕組みの中にパターン化されたリズムの運動が表出します。リズム生成系の発達プロセスであるといわれています。


② そして、首が座るころになると静的に足を突っ張り、原始歩行の現象はなんと消失してしまいます。屈筋伸筋の相互間の働きにより静的な姿勢をとる姿勢制御系の発達のプロセスだといわれています。


③ そこから、①と②のシステムを統合しはじめ、寝返りやハイハイを経て、立位姿勢を獲得後、生後8か月から一年で自分の足で歩き始めます。


①~②の赤ちゃんは、身体運動の観点でみれば一見もっとも不自由な状態にあるのですが、③を獲得するために着々としかも高い精度で準備しているということになります。

そして、③以降も、生きてい行くための様々な運動能力を身に着けるために我々人間は「不自由なプロセス」を必ず通り続けます。



誰一人として、何をやろうとも、その法則性から逸脱することはできないのです。



つまり、「うまくいかない=自由が凍結された状態」がなければ、「うまくいく=自由が解放された状態」を獲得できないのです。




たくさんの人の身体運動に向き合ってきて、この2年くらいで私の中で最も改まった価値観があります。



知らず知らずのうちに、「うまくいかないこと」から、一刻も早く脱却させてあげることにとらわれていました。つまり、「うまくいかないこと」に「対峙」してしまっていたのです。



冒頭で書き記した、運動学習の法則性から逸脱していたのは、私でした。



「うまくいかないこと」に対峙しては見失ってしまうことが少なからずあったはずです。なぜなら、「うまくいかないこと」ことこそが、「うまくいく」を作るのですから。



クライアント一人一人の「うまくいかない」という現象を刷新するのではなく、そのことに寄り添い、「うまくいかない」という、運動学習にとっては必要不可欠な「なぞかけ」を、一緒に紐解いていくことこそが私の役割だという考えに至りました。





「○○筋をうごかして!○○を意識して○○してください!」などという目的の運動をダイレクトな制御系の指示で働きかけることは、その場では絶対に目的を果たすことはできません。なぜなら、思考は身体を直接的に動かすことはできないのですから。


除脳した、カエルの背中に異物をのせるとカエルは足でその異物をどけます。脳はないのに。。。


身体を直接動かすのは思考や意思ではありません。いってみれば、それらは計画を立てることしかできないのです。



しかしながら、思考から・・・

「思う」ことから人は逃れることができないのです、これまた自然摂理。




であれば、運動を導く者がやるべきことは、この思考というロジックをどの様に駆使していくかという論点に立たなければならないということです。



私は教師信号として、目的の運動を生成するために、目的とは全く違う部位の運動や考え方を駆使します。「○○を○○のイメージで、○○しましょう。」ということで、そことは関係ない部位や運動が勝手に表出させることに重きを置いてきました。


それでも、うまくいくまでには、力の入った、ギクシャクした、随意性の高い運動のプロセスは必ず通ります。しかし、この「うまくいかない」プロセスこそが、とても豊かな時間と空間であるということなのです。


このような、向き合い方をすることで、一気に景色が変わりました。



人にとって、その時間と空間は時には混沌(カオス)となって心も体も不安定に、不自由にしてしまいます。



時間はかかります、ゆっくりと時間をかけて混沌(カオス)を紐解いていきましょう。


自由度の凍結と解放、このプロセスしかないのです。



混沌(カオス)の向こう側に結実がある。



みなさん、このプロセスを一緒に心から楽しんで、


そして、めいっぱい頑張って生きましょう!



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